暮らしを彩ること。そのきっかけは、特別なものではなく、日々の何気ない出来事の中にあります。
インタビュー形式でお届けする連載記事 【私がいずまいを正す場所】。
それぞれの人々の暮らしの中にある「いずまいを正す場所や瞬間」に焦点を当て、その背景にある想いや大切にしていることを紐解いていきます。
今回お話を伺ったのは、滋賀県高島市で発酵・料理家として活動する他谷昌子さん。幼い頃から発酵が身近にある環境で育ち、その知恵を暮らしの中で実践しながら、発酵を通じて食との向き合い方を発信されています。
生まれ育った地に根付く知恵や営みを大切にしながら暮らす他谷さんの暮らし方には、暮らしを丁寧に紡ぐためのヒントが詰まっていました。
目次
発酵は特別なものではなく、当たり前の存在だった

「発酵って、特別なものだと思いますか?」
発酵食品は体に良いと聞くものの、仕込みや管理が難しそう——そんなイメージを持つ人は少なくありません。しかし、他谷さんにとって発酵は、暮らしの中に自然と根付いているものだったといいます。
「うちでは、冬になると大きな樽にたくあんを漬けていました。おばあちゃんが大根を干して、塩と糠と一緒に仕込むんです。春には冬眠させていたぬか床を起こし、夏につけた野菜を楽しむ。また、冬になると大きな桶に塩切麴とつぶした大豆を混ぜて家族総出で味噌を仕込むのが恒例行事でした。発酵は決して特別な存在ではなく、季節の移り変わりとともに受け継がれてきたものであり、幼い頃から私にとって日常の一部でした」

自然豊かな高島の地で生まれ育った他谷さん。独学で料理を学び、料理教室の講師を経て、予約制の手作り惣菜のお店を20年ほど営んでおられたそうです。
「お店といっても、旬の野菜や手に入った食材で5〜6品のメニューを考えて、お客様にお渡しする小さな惣菜屋です。お客様から『こんなの作ってほしい』っていうリクエストがあれば『じゃあちょっとやってみるわ』と、レシピを考えて作っていましたね」
自由で柔軟なスタイル。特定のジャンルにこだわらず、“そのときにあるもの”を活かした料理を提供されていた他谷さんは、「こだわらないのが、私のこだわりだったんですよ」といいます。
そんな他谷さんが、これまで身近にあった「発酵」について改めて知識を深めようと考えたのは、2013年に高島市で開催された『全国発酵食品サミットin高島』で“来場者に発酵料理を教えてほしい”という依頼があったことでした。

「発酵料理は、私がこれまで暮らしのなかで当たり前にやってきたこと。それを、いざ言葉にして伝えようと思ったらうまく説明できなくて。『なんでこの塩加減なの?』って聞かれても、『うーん、これくらいが美味しいから』としか言えなかったんです(笑)でも、料理を作って提供するだけでなく、方法や仕組みを誰かに伝えるっていうことは面白いと気づいて、改めて発酵のことをもっと深く学ぼうと思いました」
“美味しい”の向こうがわ。発酵を通じて得た自分の感覚を信じる

他谷さんの発酵料理教室では、へしこや味噌作りなど、日常の中に取り入れやすい発酵食品を中心にレクチャーが行われますが、発酵の仕組みや知識を学ぶこと自体には重点を置いていないといいます。
「発酵の正解はひとつではないんです。例えば、味噌作りでは、麹の量や発酵の期間はその人の好みによってさまざま。また、同じ作り方をしても作る人や作る環境によって出来上がりは変わります。作る人の常在菌によっても発酵の進み具合が違っていて、日々発酵を摂り入れている方の作った味噌は同じ材料でもまろやかだったり、保管場所によっても発酵の速度や状態が変わります。その人が美味しいと感じるものやその人の暮らしに合ったものが正解だから、「こうすべき」といったレシピを教えるのではなく、自分に合うものを見つけるお手伝いをしたいと思っています」

その人の好みや生活環境そのものに密接に関係する発酵。そのせいか、他谷さんの教室に来られる方は、みなさん思い思いの時間を過ごされるそう。お料理と一緒にお酒を楽しまれる方、いつのまにか外に散歩に出かける方、素足で川縁を歩く方、縁側でうとうとし始める方、なかには料理教室に来たのにお料理を作らず、ただひたすらのんびりされる方もいらっしゃるのだとか!
「発酵は時間をかけて変化していくもの。焦らずに、その過程を楽しむことが大切です。うちにお越しいただいた方には、発酵を通して感じることを大切にし、“美味しい”の向こうがわにあるものを見つけていただきたいです。そうして導き出した感覚を信じると、発酵の面白さがもっと感じられると思います」

他谷さんの名刺には、「発酵料理家」ではなく「発酵・料理家」 と記されています。他谷さんにとって発酵は、料理の枠を超えた「生き方の一部」 であり、暮らしそのもの。その考え方が肩書きにも表れています。
豊かな恵みと独自の食文化が息づくまち。高島で暮らすということ

高島市は、琵琶湖のほとりに広がる自然豊かな地域であり、琵琶湖の清らかな水、豊かな土壌が育む農作物、周辺地域の食文化が絶妙に絡み合い、この土地ならではの食文化を生み出しています。一方、冬は雪が多くて寒さが厳しく、年間を通して湿度も高い地域。湿度も高い地域。この地域に暮らす人々にとって、食品を上手に保存するためのアイデアは欠かせないものでした。

「琵琶湖で育まれた食文化と福井からの海の文化が融合した高島には独自の食文化があり、お米や野菜、魚などの自然の恵みが豊富。味噌を作る時は、知り合いの農家さんから大豆を直接買うし、麹は地域の麹屋さんから手に入る。必要なものが全て揃っているとても豊かな地域です」
高島の郷土料理にも、発酵食品が多く使われています。滋賀の代表的な郷土料理である「鮒ずし」は、熟成が進むにつれて旨味や独特の風味が生まれます。また、「へしこ」と呼ばれる鯖のぬか漬けやたくあん漬けなどなど、発酵を用いることで保存性を高め、旨味を引き出す知恵が息づいています。

「発酵は単なる保存技術ではなくて、環境と人がつながる手段でもあると思うんです。昔の人たちは、その土地にあるもので工夫しながら発酵を取り入れていた。だからこそ、地域ごとに独自の発酵文化が生まれています。今は発酵食品を買うことが当たり前になっていますが、実際に自分の手で仕込んで、時間をかけて変化していく過程を見守っていると、食への向き合い方や暮らしそのものにも変化が現れていきますよ」
他谷さんにとって、「いずまいを正す場所」とは

「いずまいを正す」という言葉には、身なりや姿勢を見直し、改めてきちんとした姿勢に直すという意味があります。また、「いずまい」には、座っている姿勢や住んでいる場所や暮らしという意味も含まれています。
古い囲炉裏の置かれた縁側で、目の前に広がる景色を眺めながら、本を読んだり、お茶を飲んだり、3匹の愛猫と過ごしたり。他谷さんにとって、いずまいを正す場所は、四季の移り変わりを感じることのできるこの空間だと教えてくれました。

最近では発酵料理を活用した介護食の提案や健康維持のアドバイスも行っているという他谷さん。そのきっかけは、ご自宅で介護をしているお母様の存在です。
数年前に要介護5と認定された他谷さんのお母様。当初は全介助の介護が必要な寝たきり状態でしたが、発酵料理を取り入れた食事を実践するなどさまざまな工夫を重ねた結果、現在では自力で歩き、自分の手でお箸を持って食事をされ要介護2までに回復されたそうです。
「食材を発酵させることで、微生物が食材の分解を助け、柔らかくなって消化しやすくなるんです。噛む力や飲み込む力が弱くなった方でも、旨味や栄養価が高い発酵食品は体に負担をかけずに栄養を効率よく吸収できます。高齢の方だけでなく、若い方々の健康や美容にもいい理由がきちんとあるんです」

料理としての発酵だけでなく、日々の暮らしや健康維持の視点からも、その力を活かすことができる。発酵を学ぶことで生活を変えるのではなく、日本人が昔から自然と取り入れてきた知恵や工夫に寄り添うことで、発酵の恩恵を受けることを大切にされています。

「発酵ってね、自分のリズムを取り戻せるものなんです。時間をかけるからこそ、美味しくなる。その過程を楽しめると、私たちの暮らしの中にもっと余白が生まれます。人生、楽しまなくちゃ損ですからね」
【簡単発酵レシピ】密閉容器やビニール袋でできる、卵の味噌粕漬け
<材料>
・お好みのお味噌 200g
・熟成酒粕(なら漬け用) 100~200g
・みりん
・ゆで卵
①容器にお味噌と酒粕を入れしっかり混ぜ合わせる
②お好みの甘さになるようみりんを加えて味を調整し、味噌粕漬け床が完成。
③卵を熱湯で7分茹で、冷水にとって殻を剥き、水気を拭き取って味噌粕床の中へ。 漬けて3〜4日が食べごろ。

他にも、野菜や魚の切り身、肉などを漬けることができ、1~2日が食べごろだそう。お好みの食材を漬けて、切ってお皿に盛るだけで、料理のバリエーションが増えます。
【取材協力】
発酵・料理家 たやまさこ
滋賀県高島市安曇川町田中676-3
https://tayamasako.com/
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